イラン・イラク地震 死者450人超

 この地震が発生したイランとイラクの国境周辺というと、プレート・テクトニクスの観点から見ると、大陸プレートと大陸プレートがぶつかりあう衝突帯といわれるところにあたります。もっと具体的にいえば、アラビア・プレートとユーラシア・プレートが収束する「収束境界」(収斂境界または破壊境界ともいうそうですが)が周辺にあって、過去から大地震が頻発している地帯です。
 もともとアフリカ大陸の一部だったアラビア半島が、大昔、アフリカの大地溝帯の活動によって分裂した(なお、アラビア半島とアフリカ大陸のあいだにある紅海は、そのさいに生まれました)ことは有名ですが、爾来、アラビア・プレートは北上しつづけています。
 そうしてユーラシア・プレートにぶつかって、地震は起こるわけですが、このような衝突帯における地震とは、発生のメカニズムはやや異なりますが、大陸プレートと海洋プレートが収束する「沈みこみ帯」(沈みこんだ海洋プレートのスラブが地球内部のマントルへと潜りこむことで、地震が発生します)が近くにある、ここ日本に住むぼくたちにとっても、こんかいの大地震はけっして他人ごとではありません。
 被害に遭われたかたがたには、心よりお見舞い申しあげます。
4×4

 飛ぶ鳥を落とす勢いだったころのカシオペアと、米国のトップ・グループ、リー・リトナー・バンドとのジャムセッションの模様を収めた、カシオペア6枚目のアルバム(1982年)。
 数多くあるカシオペアのアルバムのなかでも、個人的には上位にはいるフェイヴァリット・アルバム。なにしろ日米の二大グループということで、おたがいにスケジュールの調整が難しく、録音時間はたったの1日、それも9時間だけ(!)。しかもノー・リハーサル(!)。にもかかわらず、このクオリティです。両グループの個性がいかんなく発揮されている。ほんとうに凄い。
 選曲も、全6曲ながら、ハーヴィー・メイソンと神保彰のドラム・バトルが圧巻の「ミッド・マンハッタン」、静謐とした情感が魅力的なモーリス・ラヴェル作曲のクラシックの名曲「亡き王女の為のパヴェーヌ」、8人全員でのバトルを一発録りで収めたという、カシオペアのライヴでもおなじみの「ギャラクティック・ファンク」など、ヴァラエティに富んでいる。また、両グループのリーダーである野呂一生とリー・リトナーがそれぞれアレンジした楽曲が、交互に並んでいるというアルバム構成もバランスが良く、じつに心憎い。
 ただ欲を言うと、神保さん作曲の名曲「ミッド・マンハッタン」はライヴのが凄すぎて(とくに83年のロンドンでのライヴ)、どうしても物足りなさを感じてしまうんだけど(笑)。



「劣性遺伝」は「劣った性質」ではない

 優性遺伝、劣性遺伝という用語の誤解。はい、たしかに、よく耳にします。
 常識といえば常識なんだけども、やっぱり、優性、劣性っていうことばの響き、ないしは字面から受ける先入観って、一般的にはどうしても起こりがちなもの。あるいはまた、メンデルのエンドウをもちいた有名な実験からの連想(丸い豆をつくる遺伝子Rは、しわをつくる遺伝子rに対して優性)が、食べものという観点から誤解されやすいところもあるかもしれない。さらにいえば、「遺伝子座」をめぐる「対立遺伝子」、なんていう専門用語もあるくらいですし。
 だから、「優性遺伝」を「顕性(けんせい)遺伝」に、「劣性遺伝」を「潜性(せんせい)遺伝」にそれぞれ改めようという提案には、ぼくは賛同ですね。そちらのほうが意味を端的にあらわしているし、また、ことばの響きも端正できれいだと思います。

 
比嘉伝説14連続KO、大晦日に井岡との統一戦熱望

 比嘉も、よかった。超アグレッシヴ・スタイル。あのフィジカル、パワー。軽量級とは思えないくらい(その意味では、村田同様、かれも日本人離れしている)。正直、これだけ強い選手だとは思ってなかったんですが。ぼくの見る目がありませんでした。反省。
 それより、井岡との統一戦を希望していましたが(もし実現したなら、比嘉が有利とみる)、現実的には、次戦はおそらく指名戦で、世界選手権で銀メダルを獲得したことのある元トップ・アマのテクニシャン、アンドリュー・セルビー(ウェールズ)かと。セルビーは、テクニックは凄くて要注意だけど、パワーはない。さらにいえば、調子にムラっけがあるところも(アマ時代のころから、そんな感じ)。チャンピオン有利と思われるが、ただ、開催地がどちらになるかに、左右されそうな気も……
 
 ところで、試合後のインタビュー。チャンピオンが主役のはずなのに、あの「ちょっちゅね」の会長にマイクが向けられるやいなや、一転して笑いだらけの具志堅劇場と化す、ドリーム・シアターも脱兎のごとく逃げだすほどの、あの変調ぶり(笑)。
村田、日本メダリスト初 TKOで雪辱 ボクシング・トリプル世界戦

 村田の勝ちが決まった瞬間、おもわず鳥肌が立ち、さらに、村田につられて、こちらまで泣きそうになるくらい、感動しました。それほど、このミドル級で、体格で外国人に劣ることの多い日本人選手、それも金メダリストがベルトを奪取するというのは、凄いことで。あのフィジカル、あのパワー、そして上下の打ち分けなどの卓越したテクニック。おみごとと言うほかない。全米もスタンディング・オベーションで泣いたんじゃないかしら(村田の試合をどこかで中継してたはず)。
 冗談はさておき、こんかいの試合を見て、村田はやはり凄いと思わされたのは、ほかにもあって、それは、かれのボクシングに対する姿勢が、まるで科学者のようにとても理知的で、冷静で、分析的なところ。スポーツ選手にありがちな、単純で安易な精神論なんかに逃げない(逃げたくなる衝動にかられることは、あるだろうけれども、すぐに自分を取りもどすことができる)。それどころか、弱い自分を否定せず、そんな弱い自分をやさしく抱擁してやりながら、とにかく前向きに、ではなくて、むしろどのようにして前を向き、歩むべきなのかを、最後まで弱い自分といっしょに考え、分析する賢さと、愛情の深さも持っている。これだけ賢くて、視野の広いボクサーは、なかなかいないと思います。この点については、浜田剛史さんの見解に賛同です。
 同階級で最強と目されるゴロフキン(先日、王者統一戦でサウル・アルヴァレス(メキシコ)と引き分けはしたが、それはカネロが健闘したということであって、ゴロフキンが衰えたということではないと思う)との夢の対決、ぜひ実現してほしいですね。
 
 
 
「正しくなければテレビじゃない」時代のお笑い番組の難しさ 保毛尾田保毛男が炎上したワケ

 寡聞にして、そんなキャラクターがいたことは、ぼくは知りませんでしたが。
 だけど、「差別」にとても敏感ないまの時代、なかんずくLGBTにまつわる問題だけに、確かにこの「ほもおだほもお」(ええい! 変換がめんどくさい!)に賛否両論が集中するのは、ある意味ではとてもしぜんな現象。
 
 ただ。これがダメであれば、ふりかえってみれば、アレやコレだってあかんだろーーと思うこと少なからずで、けっきょく世の中(メディア)って、差別だらけであることも事実。突き詰めていえば、男、女という「究極の差別」が存在する文化そのものを刷新しなきゃ! てことにもなりかねない。いや、もちろん言うまでもないことだけど、そんなことは非現実的で、不可能ですが。
 
 ただ、とりあえず言えることはーーメディアに限定するならばーー、「お笑い」が、最もこの種の批判の矛先を向けやすい媒体(エンターテイメント)のひとつであることは、まちがいないかと。そもそも「お笑い」って、ひとを楽しませる至極のエンターテイメントにはちがいないんだけど、もとはと言えば、それはおしなべて不謹慎さと表裏一体のはずで。極論をすれば、そうしたひとびとの抑圧的(あるいは禁欲的)な感情に訴えかけるものがあって、はじめて「お笑い」というものが成立しているんじゃ。欧米的な、政治をからめた「知的」で「オシャレ」なお笑い? そういうものがあるにしても、それがこの抑圧的で、かつ偽善的(あえて言います)な日本で流布されるだろうか。ちょっと、いや、かなり疑問です(ただし、この点に関しては、もともと「お笑い」というものに通暁しているわけではないぼくの勉強不足もあるかもしれません)。
 不謹慎なことは痛快この上ない。でも同時に、不謹慎なことは不埒この上ないーーこれぞ究極のアンビヴァレンス。われら壊れたニンゲンは、いずこへ向かおうとしているのか。
 
 ……いやまあ、とにかく。線引きが曖昧で、「唯一の正解がない問題」ではあるけれども、問い、考えつづけることは、たいせつなことだと思います。
無念の内山高志、ジム会長に「済みません」メール 会長は再起を期待

 会長がいうように、これで引退というのはもったいない気がする。内山の動きじたいは悪くなかったと思う。ま、「トラウマ」のせいで慎重すぎたということはあるかもしれないが、でもそれは結果論。それをいうならむしろ、コラレスというトリッキーなアウト・ボクサーの変則性――内山のいつもの盤石かつ豪胆な戦法をも抑制させてしまう不気味なオーラ――を評価すべきだと、ぼくは思う(中南米系特有の「負けないボクシング」に徹するあざとさはあるけれども、ただ見かたを変えるなら、それとてうまさともいえるわけだし)。
 また、全盛期の内山なら勝てた、みたいなネットの意見も散見されるが、すくなくともぼくには、内山の(年齢による)衰えは感じられなかった(それに「全盛期」ってことばは、抽象的でとても便利であるがゆえに、安易には使いたくないのである)。だからこそ、これで引退というのはもったいないと思うのだ。
 願わくは、vsコラレス3を(想定していた勝ちかたではなかったせいか、コラレスも再戦OKだそうだし)。
 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
 ことしこそは、がんばって更新します。調子は上向きですので。読んだ小説の感想・批評も積極的に。
 では、よろしく(ぺこり)。
流血グスマン「あそこまでとは」小国の手数に脱帽

 この試合は、結果を知ってからユーチューブで視聴。
 正直、おどろいた。(過去に小國を破ったことがある)和氣慎吾(古口)があれだけボコられて完敗したのだから、ましてや小國の番狂わせというのはない。そして完敗した小國のことを、きっと千篇一律なマスコミなどが「試合に負けはしたが、心は折れなかった」などとバカの一つ覚えで精神主義的な巧言令色を施してもちあげるんだろうな、などと想像していたので。ええ、ぼくの管見にすぎませんでした。ごめんさない(ぺこり)。
内山高志、世界王座返り咲きならず!再戦も判定負け

 117-110の判定をくだした一部のへぼジャッジ(さすがにあれはヒドすぎる)や、内山の右ボディを受けて、生まれたての小鹿みたいに足に力が入らず、クリンチや確信犯的な(?)スリップダウンをくり返していたコラレスに減点をあたえなかったへぼレフェリーに泣かされた部分も否めなくて、正直、内山の負け、って感じはしなかった(ひいき目もあるかもしれないが、ぼくは僅差で内山が勝ったと思った)。
 いっぽうででも、一戦めの「トラウマ」が残っていたのか、いつになく慎重をきわめ、ダウン寸前に追いこみながらもけっきょく詰めきれなかった内山があってのこの判定、という感が否めなかったのも事実で。いずれにせよ、モヤモヤが残るよねえ。
 とりあえず、内山選手おつかれさまでした。

 あ、それと、田口もおつかれさまでした。