ホッグ連続殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)ホッグ連続殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2005/01)
ウィリアム・L. デアンドリア

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 一九七八年に『視聴率の殺人』でデビューした著者のデアンドリアは、エラリー・クイーンに心酔し、その嗜好性が嵩じて作家になったのだという。二作めにあたる本書『ホッグ連続殺人』(一九八一年)は、そんな著者の趣味が強く反映された、古典的な魅力に富むパズル的な要素が濃厚な探偵小説に仕上がっている。
 雪に閉ざされたアメリカはニューヨーク州スパータの町で、市民を大いに震撼させる大事件――「HOG」(ホッグ)と名乗る殺人鬼による連続殺人が発生した。「HOG」の犯行手口はじつに不可解きわまるものだ。無差別に被害者が選ばれ、犯行前に被害者に関する情報を詳細に調べておき、そうして不可能としか思えないような状況のなか事故や自殺に巧妙に見せかけて殺害、そのうえで自分が殺したと声明文を送りつけてくるという凝りようなのである。
 この不可解しごくな無差別連続殺人事件に対し、犯罪研究の権威ニッコロウ・ベネデッティ教授が解決に乗り出す。はたして「HOG」の正体とは?
 
 意図不明の無差別連続殺人、大胆不敵な犯行声明文、「名探偵vs謎の殺人鬼」という犯罪対位法――と、本書では、なるほどいかにもクイーン信奉者らしい、プリミティヴな探偵小説のガジェットで構成されたケレン味たっぷりの物語が展開。これだけでもクラシカルな「本格」ファンにはこたえられないことだろう。
 だが本書の魅力は、それだけではもちろんない。肝心の謎解きに関しても、本家クイーン――それも初期のクイーン――を彷彿とさせるロジカルな手さばきが随所に光っており、ゲーム性の強い過剰なプロットに押しつぶされないだけの意外な、それでいて合理性の高い結末が読者を待ち受けている。
 ただし、欠点も細やかなものだがいくつかある。たとえば「HOG」という記号自体の意味探しが結局は肩すかしに終わるようなところがある(と思う)。また、解説者が指摘するような恣意的な欠点もたしかに見られる。もっとも、これまた解説者が指摘するとおり、そうしたささいな傷を俎上に載せてあげつらうよりは、むしろ、これだけの大仰なプロットに仕掛けられた作者のたくらみにブレが見られない点を高く買う。が、それよりもぼくが気になるのは、本書はミステリとしての構成面において、クイーン信奉者らしくフェアな手がかりの提出に重点を置いているためか、図式がかなりクリアに提示されているので、探偵よりも先に読者のほうが真相を看破しやすい危険性、ひいてはラストの意外性が半減(あるいはそれ以下)してしまう危険性がなきにしもあらずなことだ。そういう意味でひねりが足りないと思われたのが残念といえば残念。

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DirtDirt
(1992/09/30)
Alice in Chains

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 シアトル出身のロック・バンド、アリス・イン・チェインズ。同郷のニルヴァーナ、パール・ジャムとともに伝説的なアーティストと謳われる彼らの最高傑作と名高い九十二年発表の『ダート』というアルバムを聴く。
 じつはずいぶん前に購入したアルバムなのだけれど、中毒性が高く、いまだにしょっちゅう聴いている。このバンドの唯一無比の個性である、ブラック・サバス直系の病的にウネウネとはいずりまわるかのような重々しい漆黒のギターリフ、ヴォーカルの故レイン・ステイリー(二〇〇二年、ドラッグのオーヴァードースにより三十四歳の若さで死去)と、ギターのジェリー・カントレルのバックコーラスが絡んだ妖しくも美しいメロディライン――この二つの特徴が、最も有機的に結合したアルバムだと思う。「うつ病のビートルズ」と称されるゆえんだ。
 捨て曲なしの充実した内容だと思うけれど、なかんずく「Would?」は名曲ちゅうの名曲。なお、リスペクトをこめ、以下、その曲の動画を載せておくことにする。――それにしても、その動画におけるレインの圧倒的な存在感を見るにつけ、彼の夭逝が惜しくて惜しくてしかたがなくなる。二〇〇六年あたりから、アリス・イン・チェインズ、新たにヴォーカルを迎えて再始動したようだけれど、正直レインのいないアリスなんて――という思いが否めないんだよなあ。

     
      
魔法飛行 (創元推理文庫)魔法飛行 (創元推理文庫)
(2000/02)
加納 朋子

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 気弱でおっちょこちょいなところがある女子短大生・入江駒子は、かの『ななつのこ』事件で知り合った瀬尾という男性からの勧めで、自身の身近で起きた不可思議な体験を題材にした物語を書きはじめることになった。短大で出会った、いくつもの名前を持つ女子大生「茜さん」の謎、交通事故によりわが子を失った悲運の画家が事故現場のコンクリートの壁に描いた子どもの絵が、一晩にして骸骨の絵と化した謎、学園祭で出会った「魔法の飛行」の謎――。
 駒子が遭遇したこれらの三つの物語それぞれに、手紙を通じて、感想とともに「解答編」を丁寧に添えていく瀬尾。しかしいっぽうでは、そんな瀬尾のひそみに倣(なら)ったかのように、駒子の三つの物語に対していわくありげなメッセージを手紙で送ってくる得体の知れない人物の存在が、駒子の心に一抹の不安をいだかせていた。――そして、クリスマス・イヴ、駒子の不安はいよいよ現実化することに。
 本書は著者のデビュー作にして第三回鮎川哲也賞受賞作『ななつのこ』の続編。入江駒子シリーズ第二作にあたる本書をひさびさに再読した。
 おおむね前作の構成(連作短編集の体裁をとったシリーズ長篇である点、文通形式を利用した推理小説である点)をふまえて書かれた作品なのだが、章の末尾ごとに挿入される匿名人物が駒子にあてたいわくありげな手紙の存在が、概して牧歌的かつ抒情的な日常に埋没していた前作の物語とはひと味ちがって、ややシビアな彩りをこの物語に添える格好となっている。そのぶん、連作ものならではの全体の構成を活かしたラストにおける謎解きは、前作以上に現実というものにはらんだ峻厳さを前面に押し出しながら、ツイストが効いた技巧にますます磨きがかかっている。
 子どもになりきれず、同時にまた、おとなにもなりきれない駒子の葛藤もやはり前作以上なのだが、それでいて、ゴール地点には希望という名の花がさりげなく添えられているあたりは、何ともこの作者らしい優しい配慮で、心地がよい。

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 第七話「黄部社長宅殺人事件」の録画を視聴。
 この話は傑作。抱腹もの。何といっても、この回の事件におけるキー人物、黄部矢一朗とその異母兄弟にあたる令嬢・留美の「一人二役のからくり」(これを聞いただけでも、この回で俎上に載せられる「ミステリのお約束ごと」が何なのか明白だよね?)に、視覚で容易にデータを得ることのできるテレビならではの特性を活かした強烈な笑いどころを付随させた点がポイント。なお、その「おじさんと『うら若き令嬢』」の一人二役を演じたのは、大和田伸也さん。
  大和田さんの怪演(?)に、あっぱれあっぱれ。
 でも、変な先入観を持たずに見てみると――「留美」のつぶらな瞳、案外かわいかったような(?)。ほら、そもそも大和田さんご本人がパッチリおめめだから(笑)。

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学ばない探偵たちの学園 (光文社文庫)学ばない探偵たちの学園 (光文社文庫)
(2009/05/12)
東川 篤哉

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 私立鯉ヶ窪学園の二年に転入をはたした転校生「おれ」こと赤坂通(あかさか・とおる)は、文芸部に入るつもりが、ささいな行き違いから――というより、愚かにも姦計(?)にはめられた結果、探偵部という非公認のサークルに入部してしまう。赤坂を除けば、多摩川流司というひょうきんな部長と、八橋京介というこれまたひょうきんな部員たったのふたりで構成されるこのきわめてマイナーなサークルは、多摩川部長いわく「そんじょそこらのミステリ好きが集うような軟弱なサークルではなくて、文字通り探偵たちが集い、探偵として活動することを旨とした、探偵の探偵による探偵のための倶楽部」らしい。だがその実態は、何のことはない、「そんじょそこらのミステリ好きが集うような軟弱なサークル」と見てさしつかえないものなのであった。
 そんな探偵部のおバカな三人が、部活動と称して、夜間の学園で「本格」ミステリ談義にいそしんでいたときのこと。三人は、学園の保健室で、本物の密室殺人事件に遭遇する。現場の入り口は鍵で施錠されていた。唯一、一部の窓が開いていたが、窓の外の地面は先刻の雨の影響で濡れており、犯人の足跡どころか、乱れた形跡がまったく見られない。
 探偵部の三人が、珍奇な刑事コンビや教師らとともに密室の謎に頭を悩ますなか、やがて被害者が、芸能クラスのアイドルを目当てとした盗撮専門のフリーカメラマンであったことが判明。さらにそれと前後して、事件当時の夜補習で学園に居残っていた芸能クラスの人気アイドル藤川美佐が行方不明であることも判明するにつれて、事件の輪郭がじょじょに浮き彫りになっていく。だがそんななか第二の密室殺人が発生し、意外な人物が変死を遂げたことにより、事件はまたもや複雑な様相を呈していくのであった。
 プロットの筋立てはシンプルですっきりとした印象ながら、おバカな探偵部の三人をはじめ、妙に個性的な刑事コンビや教師たちなどで織りなされるユーモアとギャグ満載のストーリー展開、また、そのようにカリカチュアライズされたストーリー展開を活かして巧みに埋めこまれた伏線を経由しての飛躍的ながらも一貫したダイナミックな論理展開、それでいて、いまどき珍しいくらいの直球勝負型の○○トリックなど、「東川節」は本書でも健在。
 トリック自体には多少強引さも見られるものの、作者自身そんなことは百も承知らしく、そのトリックを可能なかぎり整合的に演出することを念頭に置き、きちんと論理で緻密に計算したうえで、トリックを設計している点がミソ。その仕上がりは、現実的すぎず――つまりはケレン味のない平々凡々なものでもなければ、非現実的すぎない――つまりは奇のてらいが合理性をスポイルする程度のものでもない。そのバランスが絶妙で、それこそ理想的な「本格」の仕上がりだと思う。東川さんには、今後もこのスタイルを貫徹してもらいたい。
 ついでに言っておくと、この鯉ヶ窪学園を舞台としたバカトリオの「迷」探偵譚はシリーズ化されていて、長篇としては本書(ノベルス版は二〇〇四年、実業之日本社のジョイ・ノベルスから)が第一弾、続く第二弾は『殺意は必ず三度ある』というタイトルで二〇〇六年、同じく実業之日本社のジョイ・ノベルスから刊行されている。そちらでは本書よりもさらに大がかりなトリックが仕掛けられていておもしろいので、未読のかたは本書のみならずぜひそちらのほうもご一読を。

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皇帝のかぎ煙草入れ (創元推理文庫 118-11)皇帝のかぎ煙草入れ (創元推理文庫 118-11)
(2000)
ディクスン・カー

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 離婚してやもめ暮らしの可憐な女性イヴ・ニールは、自宅の真向かいの家に住むトビイ・ロウズという謹厳実直そうな男性と婚約する。幸福絶頂のさなかにいる彼女の前に、しかし、先夫ネッド・アトウッドの存在が立ちはだかる。
 ある日の真夜中、イヴとのよりを戻そうと、ネッドが彼女の自宅の寝室に忍び入ってきたのだ。おりもおり、真向かいのロウズ家の部屋では、婚約者の父モーリスが熱心に骨董品を眺めているのが窓を通して見てとれるため、イヴは助けを求めたくても求められない。先夫といっしょにいるところをロウズ家の人間に知られたが最後、あらぬ誤解を招くこと必定だからだ。
 そんなときだった。ふたりは二度めにモーリスの部屋を眺めたとき、モーリスが殺されたらしいようすに気づく。しかもイヴは、犯行を終え、被害者の部屋から出ていく瞬間の犯人とおぼしき者のからだの一部を、かたやネッドはその顔を見ていた。
 やがて思いがけない事故からイヴに容疑がかかるが、アリバイを証明してくれる者は、残念ながら婚約者のいるロウズ家に絶対知られたくない先夫のみ。あまつさえその先夫は彼女とのいざこざのあと脳震盪を起こし、もっか意識不明の重体なのだった。
 絶体絶命の窮地に立たされたイヴ。この困難な謎の解明に挑むのは、精神病医の権威、ダーモット・キンロス博士。微に入り細をうがった心理分析により、はやばやからイヴの無実を確信した彼は、彼女の救出に乗り出す。
 一九四二年に刊行された本書は、数多あるカー作品のなかでもとくに彼の代表作として推す人が多い。ミステリの女王アガサ・クリスティは「このトリックには、さすがのわたしも脱帽する」と驚嘆し、さらに江戸川乱歩も「物理的に絶対になしえないような不可能を、不思議な技巧によってなしとげさせている」などと褒めちぎっていたらしい。
 いっぽうでは、「カーらしくない傑作」という声も多い異色作でもある。その根拠としてよく耳にするのが、

「カーお得意の密室でみられるような、千番に一番のかねあい的な強引さもやや目立つ機械的トリックでなく、まるで手品のように人間心理の盲点をついた、ある意味では人口に膾炙(かいしゃ)したとも言えるだろうトリックが扱われている」
「男女のロマンスが、いつもの騎士道精神に貫かれたロマンティシズムに彩られておらず、世俗的に、情痴の限りを尽くして、かなり生々しくドロドロと描かれている」
 などといった見解。
 また、森博嗣さんは、「カーにしては推理が論理的」と指摘されていた。

 なるほど、逐一もっともだと思う。さて、ぼくが思うに、本書が「カーらしくない傑作」と評されるゆえんは、根幹的には、本書におけるカーのミステリ作法と従来のそれとの特性の相違にある、と言ってさしつかえないだろう。たとえば、従来の機械的トリックを盛りこんだ「不可能(犯罪)」作品だと、主としてハウダニット、つまり「どんなトリックを使ったのか?」が謎の要諦となる。対して本書では、ハウダニットとしてはもちろんのこと、じつはフーダニットとしてのクオリティもおろそかにされていない。いやむしろ、本書はフーダニットを重視した作品ではないだろうか。というのも、真犯人が使ったトリックは、ふり返ってみれば、場当たり的でかつ綱渡り的このうえない。にもかかわらず、事件の様相がこれだけ複雑をきわめたのは、早い話が結果論であって、運に左右された側面の占める比重が大きかったためだ。
 
 では具体的にどういう理由で、それほど単純であったはずのからくりが、かくも複雑な様相へと変化してしまったのか? ――じつはそのごくシンプルな疑問点にこそ、フーダニットとしての深謀遠慮を見抜くためのヒント(論理)が隠されているのだ。
 実際その観点から再読してみると、男女の愛憎、とりわけ醜い感情に汚染された情緒不安定なキャラクターたちが織りこまれたサスペンスで横溢した恋愛小説的なプロットが、総じてフーダニットとしての仕組みに合わせて、そのアイデアから逆算して組み立てられたらしいことがわかるだろう。ミスディレクションが濃厚なプロット、と言い換えてもいい。また、そのようなプロットに周到に張りめぐらされた伏線や手がかりのあざやかな回収、ひいては、まるで一+一=二と示すがごとく明朗で理路整然とした探偵の推理――と、こうしてみると、本書におけるカーのミステリ作法が、従来のハウダニット中心の作品群とは異なり、エラリー・クイーンやアガサ・クリスティらの作品群にみられる技巧的な特徴と相似していることに気づくだろう。

 従来のカーの過剰なまでの怪奇趣味や密室への傾倒を理由に毛嫌いしている人も、あるいはカー作品の難物ぶりを理由に敬遠している人も、いろいろな意味で「わかりやすい」本書なら楽しめると思う。ぜひチャレンジしてほしい。

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「おそるべき横溝チルドレンの登場!!」「この謎はとても切なく、震えるほどに新しい」などといった帯文句の煽りが痛烈な本書(角川書店)。第二十九回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作だ(なお、大賞受賞作は、大門剛明さんの『雪冤』)。
 著者の白石かおるさんは、プロフィールによると、もともとライトノベル畑で活躍していた作家だそう。なるほど、その経歴は、本書における登場人物たちの会話で躍動する軽快なテンポにもよくあらわれていると思う。が、それより何より印象的なのは、やはり物語冒頭のシーン、主人公「僕」こと「白石かおる」が、渋谷駅ハチ公前に『彼女』の生首を置きに行く、というショッキングなくだりだ。

 早朝、まだ人通りもまばらな渋谷駅ハチ公前。そこで、一介のサラリーマンである「僕」こと白石かおるは、コンビニの袋に入れておいた『彼女』の生首を置き去りにする、という当初からの計画を遂行した。ほどなくしてラッシュ・アワーがはじまり――そして、渋谷駅周辺は驚愕と悲鳴のるつぼと化す。
 やがてこの事件は、各メディアでセンセーショナルに報道される。ことは白石の想定どおりに運ばれていくが、しかしその先には思いもよらぬ事件が待ちうけていた。
 白石の自宅の「冷たい箱」のなかで人知れず眠っている、『彼女』の首なし死体――その死体の四本の指が、とつじょ何者かの手によって奪われ、あまつさえ池袋西口公園に置き去りにされたのだ。そして、指を置き去りにした張本人とおぼしき謎の人物からの電話が――。
 大胆不敵な犯行手口。いったい誰が、何のために? だが解答の得られぬうちに、こんどは大地震という災害が、東京を、そして白石を、さらには白石の自宅で眠る『彼女』を襲う。はたして白石は、ぶじ『計画』を完遂することができるのだろうか?
 このように、物語冒頭のインパクトが強烈しごくで、魅力的であり、まずはポオに端を発するミステリならでの三大要素――「不可解な謎の発端」「中盤でのサスペンス」「解決の意外な合理性」――のひとつである「不可解な謎の発端」という点ではクリアしたといえる。
 
 そして次には、やはり「中盤でのサスペンス」ということになるのだが、残念なことに、このあたりからじょじょに失速していく傾向がみられる。いやもちろん、『彼女』の指を置き去りにした謎の人物からの脅迫めいた電話、東京を襲う災害などといった描写で、読者の不安を宙づりにするようなサスペンスで盛り上げようと作者は腐心しているし、実際それなりに楽しめるのだ。ただ、それらの描写が、冒頭での強烈な謎とどうかかわってくるのかが判然としない。というか、作中白石の一人称での語り口が一貫して、じつに淡々と、ひょうひょうとしていて、前述したようなまざまな危機にさいなまれているというのに、その逼迫(ひっぱく)感が彼からはほとんどと言っていいほど伝わってこないのだ。これではサスペンスは大いに盛り上がらないだろう。その点において、巻末に付されている選評で作家・坂東眞砂子さんも似たようなことを書いていたが、彼の現代的な若者を象徴するような泰然自若(悪く言えば、無気力)とした性格傾向はマイナスの方向にはたらいていると思う。
 
 それでも、「解決の意外な合理性」という点で、それらの欠点が補われるのであれば、まだいいのだ。ましてや、欠点と思われた要素がそのじつ利点であったことがわかり、その結果、総体として有機的にラストで結びついていくという展開が用意されているのであれば、なおのことよいのだ。
 ところが、残念なことに、そうはならなかった。ことここに至ることで、冒頭でのインパクトのあるシーン(作中白石の『計画』)も、指置き去り事件も、そして災害も、結局はすべて尻すぼまりに終わることがわかるからだ。つまり、そうしたはでな装飾性が、中身と見合っていない。ラスト周辺では、いちおうどんでん返しの連続を確認できるが、しかしこれも解決が性急に過ぎるし、何よりロジックの煮こみが足りない。そこはやはり、そのように局所的にむりむり驚きを演出するのでなく、もっとプロット全体を活かした謎と論理の変化――繊細さと大胆さが融和したくふうと、そして、その流れから必然的にもたらされる整合的な驚きの演出がほしい。

 厳しい言葉ばかり連ねてしまって、作者には申しわけない気持ちもあるけれど、一読者として、次回作では以上でのべたような点に留意した作品を提供してくれることを切に願う。

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 パソだち(?)のデルタさんが自身のブログで、「ミステリ好きに20の質問」という、おもしろいお遊びに興じていた(というか、転載らしいが)。
 というわけで、さっそくぼくもチャレンジすることにしました。
 ただことわっておきますが、いつものように律儀にというか、理詰めで答えるのはあえて控えます。その方法で答えていくと、質問の内容にいろいろとつっこみどころが見えてきそうで、スムースにことが運ばないと思いますので。笑

1.生まれて初めて読んだミステリは?

 小六のときに読んだ有栖川有栖さんの『孤島パズル』と、エラリー・クイーンの『オランダ靴の謎』です。もっとも、小学生だったため、完全に内容を理解していたとは言い難いのですが。それでも、国語辞典と漢字辞典を手に、子どもなりに一所懸命になって読破しようとがんばってました。笑

2.ミステリにはまったきっかけは?

 ですから、上記の有栖川作品とクイーン作品に出会ったことがきっかけです。

3.国内作品の内、自分の中でのベストミステリを3つ選んでください

 三つに限定というのは、難しいなあ。それでもあえて挙げるなら、

 高木彬光『人形はなぜ殺される』
 島田荘司『占星術殺人事件』
 西澤保彦『聯愁殺』

4.海外作品の内、自分の中でのベストミステリを3つ選んでください

 こっちも難しいが、それでもあえて挙げれば、

 エラリー・クイーン『エジプト十字架の謎』
 ジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』
 アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』

5.トリックで「うーん、参った!」と唸らされた作品は?

 麻耶雄嵩さんの『木製の王子』。ただ、参った、と唸らされたというよりはむしろ、ある意味で麻耶さんはサディストだなと悪夢に唸らされました。謎を本気で読者に解かせる気がないというか。つまりは、それだけ難解な謎です。
 あと北山猛邦さんの「城」シリーズも。あんなトリックわかるかよ、って感じで。笑

6.ストーリー的に感動した作品は?

 いっぱいありますけど、ぱっと思いつくかぎりで言えば、加納朋子作品とか、辻村深月作品とか、北村薫作品などです。

7.あなたにとって面白いミステリの条件とは?

 何といっても、謎解き部分(推理パート)が文字どおり本格的であること、そのうえで小説としても「読ませる」力を有していること。さらに理想を言うなら、その双方が絶妙なバランスでもって融和していること。

8.今、一番お気に入りの作家は?

 西澤保彦さん(タックシリーズ最新作もうすぐ出るぞ)。東野圭吾さん。米澤穂信さん。乾くるみさん。鳥飼否宇さん。東川篤哉さん。(いちばんがたくさんいる)

9.今後読んでみたいなあ、と思っている作家は?

 とくにいません。

10.過去に、全作品をほとんど読み尽くした程好きだった作家は?

 だった、作家は、赤川次郎さん(こうやって書くのは、失礼かもしれませんが)。三毛猫ホームズシリーズとか、三姉妹探偵団シリーズとか、「ドン・ファン」という名前の犬が出てくるシリーズとか、マザコン刑事シリーズなど、とにかく一時期読みあさってました。

11.尊敬する探偵(刑事など)を上げてください

 たくさんいますが、たとえば鮎川哲也作品に出てくる鬼貫警部。その疲れを知らない行動力に、ものぐさなぼくは尊敬の念を通り越して畏怖心すらいだくのです。

12.ダメダメな探偵(刑事など)を上げてください

 たとえば西澤保彦作品に出てくるタック&ボアン先輩。このふたり、とかくひたすらビールを浴びるほど飲みまくりながら、安楽椅子探偵に興じるクセがありますから。でも、そんなふたりに、ほんとうは愛着を感じているんです。他人事ではないように感じるから。笑
 あと、ほかには――法月綸太郎さんの作中綸太郎もダメダメかな。だって彼、悩みすぎでしょう?(笑)

13.その中で好みの探偵(刑事)は?

 タックです。ものを持ちたがらないところなど、とくに共鳴。しかもその「ものを持ちたがらない」理由が、またいい。だって、「ものを持つということは、外的世界におのれの責任が大なり小なり拡大することを意味する。それがわずらわしい」ですから。まったくもって同感。

14.好きなミステリ映画(ドラマ)は?

 最近で言えば、東野圭吾原作の『名探偵の掟』です。笑えるし、考えもさせられる。それに何より、主演の香椎由宇さんがきれい(笑)。おいしい要素が詰まってます。

15.好きなミステリ漫画(アニメ)は?

 すみません。読んだことないです。

16.これだけはちょっと勘弁・・・というミステリがあればどうぞ

 これは人によってはささいなことととられるかもしれませんが、さして物語からの要請もないのに、やたらと気どって堅苦しい言いまわしを多用する文章でつむがれた作品。そんなに力まず、もっとシンプルに書けばいいじゃんという気になります。要は、幅広い読者層に作品を理解してもらおうという姿勢(ないしは自覚)が感じられないところが個人的には不満に思うのです。

17.ミステリ以外で好きな本のジャンルは?

 ライトノベルとか、精神分析学の本。前者は、一時期、賀東招二さんの『フルメタル・パニック』シリーズや、秋田禎信さんの『魔術師オーフェン』シリーズなどにハマってました(もしかしたら意外に思われるかもしれませんが、でもああいうドタバタなノリの、ときにラブコメなノリの作品もけっこう好きなんです)。
 後者は、フロイトとか、ラカンとか、岸田秀さんとか、エーリッヒ・フロムなど。彼らの本はいまでもけっこう再読してます。
 あ。それと敬愛するG・K・チェスタートンの思想書も好きでよく読みます。

18.ミステリ以外で好きな作家は?

 ですから、上記でのべたような作家さんたちです。

19.ミステリ以外でいつまでも心に残っている作品は?

 ですから、上記でのべたような作家さんたちの作品たちです。

20.最近、感動した本(映画/ドキュメンタリー/ドラマ等)がありますか?

 本は、加納朋子さんの『ななつのこ』(再読ですが)。あと、映画だと、ルーキーズ。いや、冗談です。いや、あながち冗談とも言いきれないか。
ななつのこ (創元推理文庫)ななつのこ (創元推理文庫)
(1999/08)
加納 朋子

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 本書は、いわゆる「日常の謎」派の旗手・加納朋子の第三回鮎川哲也賞受賞作にしてデビュー作(一九九三年)。ひさびさの再読。七つの短篇で構成された――この手のミステリ作品ではもはやおなじみの――連作仕立ての長篇作品。

「私」こと女子短大生の入江駒子は、書店で「ななつのこ」というタイトルの本を衝動買いする。推理小説仕立ての七つの童話が収められたこの本にことのほか魅了された彼女は、感動のあまり、作者である佐伯綾乃にファンレターを書くことを決意する。書く際、もっか駒子の住む町をにぎわしている「スイカジュース事件」に関して何とはなしにつづり、そして、送ってみたところ――驚くべきことに、作者本人から返信が。しかも、くだんの事件に対する的確な「解答」まで添えられていた。
「ななつのこ」に収められた七つの童話が、奇しくも、駒子の七つの物語それぞれに漂う七つのささやかな日常の謎とシンクロ二シティーを示しており、その影響もあって、くだんの「スイカジュース事件」以降も、駒子は綾乃との謎解きをまじえた文通を重ねてゆくのだった。
 本書、個々の短編に本格ミステリとしてのアイデアがきちんと織りこまれている点はもちろんのこと、「童話集に関連した駒子の日常の謎を、その童話の作者である綾乃が、探偵さながら駒子からのファンレターを通じて解きあかしてゆく」という「入れ子形式」を有した構造が、連作長篇としての結末の意外性を引き立てるのにじゅうぶん活かされている点もおみごと。そして、何より特筆すべきなのは、かように凝った謎解き小説でありながらも、純文学という宝石が作中のはしばしに燦然(さんぜん)ときらめいており、しかも、すべての謎解きが終わってもなおその輝きが失せることがないという点にある。いや、その清新な詩的感覚でくるまれた純然たる輝きは、ラストに至ることで俄然増すのだ。解説者が、総じて純文学の観点から、本書を評したのもうなずける内容といえる。

 ところで、「本格」の書き手というのは、えてして、まずは独自のたくらみや仕掛けを盛りこんだ謎解き小説としてのプロットありきで、個々の人物造形や人間関係、舞台背景などを案出していき、そうしてから具体的に絵を描いていくものだ。したがって、そういったキャラクターだとか、人間ドラマだとか、世界観といった要素もろもろは、最終的には作者のたくらみ優先で専制的に操作されることが多く、それだけに、小説としては結局後味の悪いものに落ち着いてしまったり、また、それ以前に冒頭から無味乾燥とした質感を呈していたりすることも多い。だが、この『ななつのこ』は、そうした手法で描かれた作品ではない印象を受ける。むしろ、純文学という宝石の神秘性を引き立てるために、あえてその宝石を日常の謎という不可視のヴェールで覆っているような印象さえ受けるのだ。
 いずれにせよ、そういった、終始やさしさに包みこまれた質感の謎解き小説って、なかなかないと思う。この作品なら、たとえば「本格ミステリなどといった難しそうなのはイヤ」といったむきにも、安心して勧めることができる。

 ともあれ、ひさびさに読んでみて、あらためて加納朋子という才能のすばらしさに心打たれた。北村薫ファンや、辻村深月ファンも、ぜひ(もうとっくに読んでますか、そうですか)。

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 リチウム夏コレクションの新作「フェイクレイヤード ジレ Tシャツ」が入荷。
 さっそくリンク先の「ホワイト×ブラック」(42サイズ)のを購入。ヤバいです(つまり、めちゃくちゃカッコいいって意味(笑))。
 この手のTシャツって、たいていの場合、ジレのように見せる部分をプリントでかたどるのが主流。ところがリチウムの場合はちがう。というのも、プリントでなくきちんと生地で切り換えているのだ。だから着用すると、フェイクとはいえ、まるでTシャツの上に本物のジレを羽織っているかのような立体感を感じる。
 シンプルなデザインでありながら大きな存在感を放つリチウムならではの逸品。あいわらずこのブランドはセンスが良すぎ。
退職刑事〈2〉 (創元推理文庫)退職刑事〈2〉 (創元推理文庫)
(2002/11)
都筑 道夫

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 国産ものの「安楽椅子探偵小説」のクラシカル、「退職刑事」シリーズ第二集。ひさびさの再読。
 基本趣向はちょっと前に紹介した当シリーズ第一集とだいたい同じ。ちがう点がみられるのは(といっても、ささやかなちがいだが)、都筑氏いわく「実際の事件を材料にした」という「四十分間の女」と「真冬のビキニ」という作品。二十二時四十八分着の下りで浜松に降り、二十三時二十九分発の上りで帰るという奇妙な行為を繰り返した女が、一週間めに轢死体で発見されたという謎を推理で解明していく前者。真冬の大磯の海岸で、ビキニ姿の女性が変死していたという不可解しごくの謎をやはり推理で解明していく後者。この二篇では、従来の父と子が団地の四階で対話する基本形式に、事件解明を父子に持ちこんだ第三者がくわわり、白熱した推理合戦が展開される。
 その二篇に関してはパズラーとしての完成度も高いのだが、しかしほかの作品が、解説で新保博久氏も同じようなことを指摘しているように、第一集にくらべると、おしなべて完成度が落ちるのがネック。言い換えると、ロジックの切れあじに鈍磨がみられ、したがって解決を提示されたときの説得力に欠けるのがネック。
密室・殺人 (角川ホラー文庫)密室・殺人 (角川ホラー文庫)
(2001/06)
小林 泰三

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 気鋭のホラー/SF作家として名高い小林泰三がはじめて本格ミステリに挑んだ作品が本書(一九九八年)。
 タイトルからしていわゆる密室ものを扱ったミステリである点は想像に難くないことだろう。とはいえ、純粋な密室ものを扱っているわけでは、決してない。というのも、本書タイトルをよくごらんあれ。『密室殺人』でなく『密室・殺人』となっているのがおわかりになるはず。そう、「密室」と「殺人」というワードのあいだに中点が付いている点こそが、言い換えれば、なぜ「密室殺人」でなく「密室・殺人」なのかといった点こそが、本書の謎の提示法の特異さを象徴しているわけだ。
 
 ある日、私立探偵・四里川陣と助手・四ッ谷礼子のもとに仁科順子と名乗る人物が訪れた。息子である達彦の容疑を晴らしてほしいというのだ。先日、怨霊伝説がささやかれる亜細山にある達彦の別荘で、彼やその妻・浬奈、女友達、弁護士が過ごしていたとき、浬奈が変死を遂げたという。彼女は部屋の窓から転落死したらしい。だが、部屋の窓は内側から厳重に施錠されており、ドアもまた鍵が掛けられていた。しかも事件発生前後、ドア側は心ならずもほかの面々の監視下にあった。不可解きわまりない「密室」と「殺人」の謎。礼子はただちに事件の起きた亜細山にむかう。
 
 このディクスン・カー顔負けの不可能犯罪ともいうべき奇々怪々な「密室・殺人」の謎を、エラリー・クイーン顔負けの理詰めで解きあかす手筋が、オーソドックスでありながらも「本格」プロパー顔負けの腕前で、まずはおみごと。
 しかし、本書の凄さは、じつはその点に尽きるわけではない。ある意味では、それ以上の驚きがラストで待ちかまえている。
 本書、横溝正史ふうの怨霊伝説といい、おりに触れては礼子の心をさいなむいわくありげな「おぞましい記憶」の謎といい、なかばホラーなテイストで彩られてはいるのだが、正直それらの要素をオーソドックスな「本格」であるはずの本書に織りこんだ作者の意図がなかなかつかめないでいた。ところがラスト周辺にいたり、ようやく腑に落ちた。そうか、こういうだましかたもあったのかと、気持ちがいいぐらい、まんまとしてやられた気分。基本的にはオーソドックスな謎解き法を踏襲していても、語り口にくふうを凝らすことで斬新な「驚き」を生み出すことが可能という、その好例がここにある。
 で、それがわかってから、あらためて部分部分再読してみると、うひゃあ、この作品伏線だらけじゃないか。いやはや。一度で二度おいしい、とはまさにこのこと。じつにすばらしい。
OnceOnce
(2004/10/05)
Nightwish

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 フィンランドの人気シンフォニック/ゴシック・メタルバンド、ナイトウィッシュの五作めにあたるアルバム(二〇〇四年)を聴く。
 崇高で壮大なクラシック/オペラと、先鋭的なへヴィメタルの、意外な有機的結合がここにあり。
 聴いて、ひさびさにこの手の音楽で大ヒットと感じた作品。もっとも、この手の音楽といえば、いままでに、アメリカのエヴァネッセンスと、オランダのウィズイン・テンプテイションぐらいしか聴いたことないのだけれど(笑)。
 ともあれ、日本人には、こういう、ハードでありながらも、こてこてのメロディアスでドラマティックな展開に満ちみちたサウンドが受けそう(実際アマゾンのレビューなんかを見ると、熱狂的なファンがいるらしいことは想像に難くない)。お勧め。

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