腕貫探偵、残業中 (実業之日本社文庫)腕貫探偵、残業中 (実業之日本社文庫)
(2012/06/05)
西澤 保彦

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 元教師の老婦人が生前に預金口座から引き出した五千万円のゆくえを純粋論理によって解明する「青い空が落ちる」。謹厳実直で、そして用心深く、しかも徹底された倹約家だったことでも有名だった元教師。そんな彼女が五千万もの大金を引き出したことだけでも事件なのだが、その大金でなにかを購入した形跡もなければ、紙幣も残っておらず、謎はますます深まるばかり。いったい五千万はどこへ? 謎を解くカギは、彼女が行員に向けて発した「自分の趣味のために使う」というひと言――。
 結論からいえば、真相部分にかなり突飛な発想が埋めこまれていて、度肝を抜かれます。しかし全体を鳥瞰してみれば、モノローグ調の謎めいた序章と、それじたいが独立しているかのように見える本筋との間に、一本のまがうかたなき論理の隘路(あいろ)を見てとることができるはず。
 周到な伏線もさることながら、終章における幻想小説的な幕引きも含めた構成の妙も光る、異色の傑作といえましょう。

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腕貫探偵、残業中 (実業之日本社文庫)腕貫探偵、残業中 (実業之日本社文庫)
(2012/06/05)
西澤 保彦

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 当代随一、没個性な名探偵といえるであろう公務員探偵「腕貫男」(「うで・ぬきお」じゃないですよ、念のため)の活躍をえがいた連作短篇シリーズの二作めです(六篇収録)。タイトルに「残業中」と併記されていることからも察せられるように、本書は業務時間外の腕貫男の探偵ぶりに焦点を絞った内容で統一されています。業務時間外というアウトラインを得たことにより、前作では公務員としていすに座りっぱなしだった腕貫男の事件との関わりかたに動的な変化が多面的に現れるとともに、意外にも(?)、プライベートにおける腕貫男のグルメな側面がかいま見える場面も多くあり、全体的にシリーズとしての奥行きが増しているのが特徴的です。
 とはいうものの、腕貫男じたいは常時、無感情、無表情――。公務員の領域外に身を置いてもなお、その役人としての杓子定規な姿勢にブレはいっさい見られない。外見にせよ内面にせよ、いかに名探偵の個性を磨きあげるかの競争と化しているような感も否めない現代ミステリ・シーンにあっては、その徹底された没個性はかえって唯一無二の個性としてきわだっている感すらあります。
 では、ここからは収録作品について順次、言及していくことにしましょう。

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 十七日(日)に放送されたドキュメンタリー「激録・警察密着24時」(テレビ東京系列)の録画を視聴。
 若い女性を狙う盗撮犯を追う場面で、盗撮犯のことを「イケメン」とテロップで表記、そしてナレーションで同様に呼称していたのには、違和感をおぼえた。犯罪者のことを、本来的にほめ言葉として使用されるイケメン呼ばわりとは(笑)。
 この種の煽りは番組の演出として付きものかもしれないが、それにしたってセンスのよい煽りとは思えないな。
 もし実際に被害に遭われた女性のかたがその場面を観てたとしたら、どのような感情をいだくだろうか。被害者にせよ加害者にせよ、誰なのか判別できないようにあらかじめ映像加工がなされているとはいえ、それでも当事者からすれば「自分を狙った犯罪者をイケメン呼ばわりしてなによ、不謹慎だわ!」ってなりそうなものだが。あるいは事前に、そういう番組演出になることを被害者のかたに連絡したうえで、許可をもらってるとか? ……イメージしにくいな。
『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)
(2008/10/15)
北山 猛邦

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 作者の北山猛邦さんは、大胆不敵な物理トリックと、終末的・世紀末的な思想の組み合わせで独自の世界を構築する、メフィスト賞出身者。本書『『アリス・ミラー城』殺人事件』(二〇〇三年)は、そうした作者の物理トリックに対するモノマニアックなまでの“愛”の権化ともいえる異形の『城』――で発生する奇々怪々とした殺人事件をえがいた長篇シリーズ三作めにあたります(再読)。
 東北にある絶海の孤島――江利ヵ島に屹立する『アリス・ミラー城』。ルイス・キャロル作品にちなんで建てられたというこの奇怪な城に、伝説の鏡『アリス・ミラー』を手に入れようと各地から集まった探偵たち。概して人工的な意匠に彩られた奇妙きわまりない館内にはチェス盤があり、その盤上には、インディアン人形に見立てられた十個の白い駒が、いわくありげに配置されていた。
 そして――、「生き残った者が鏡を手に入れられる」と宣言した招待主のそれが呼び水になったかのように、不可能犯罪が連続して発生。密室状況下で、巨大な鏡の上に横臥した、顔を溶かされた死体。合わせ鏡の部屋では、殺しを終えたばかりの犯人が目撃者たちの眼前で消失。こうして探偵が一人、また一人と消えると同時に、チェス盤からは駒が一つ、また一つとなくなっていく……。不可能犯罪にこめられた、驚愕すべき犯人の“信念”とは?

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 ついさっき西澤保彦ファンクラブの掲示板を見て初めて知ったことなのだが、昨今は「イヤミス」がブームなのだそうで。
 初めて知ったことというのは、「イヤミスがブームになっている」という事象だけを対象にして述べているわけではない。というのも、そもそもぼくは、イヤミスという聞き慣れない造語が一般に流布していたことすら寡聞にして知らなかったのだ。
 で、そのイヤミス。これは、読後感の悪いミステリ、読んでいて気持ちが暗くなるミステリのことを、そう呼ぶらしい。読んで字のごとくって感じ。まあでも、むかしから「バカミス」という造語が定着しているくらいだから、考えてみれば、そんな造語があってもおかしくはないか。
 ところで、イヤミスで検索にかけてみたら、こんな記事を見つけた。『告白』でベストセラーになった湊かなえさんがイヤミスの女王なのか。なるほどなるほど。そのほかにも、メフィスト賞受賞者の真梨幸子さんや、道尾秀介さんや米澤穂信さんなども例に挙げられている。いわれてみればたしかに、そのお三方の作品もイヤミスが多いよなー。
 ちなみに、同記事では挙げられていないが、イヤミスの女王が湊かなえさんなら、イヤミスの帝王と呼ぶにふさわしいのは西澤保彦さんだと、ぼくは思う。作品数的にも、それからもちろん、質的な意味でも。
 冒頭リンクの掲示板でも同じようなことが話題になっていたが、西澤さんの『聯愁殺』や『収穫祭』などが昨今急激に売れ行きを伸ばしているのも、あるいはイヤミス・ブームと関係しているのかも。

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 WBA、井岡一翔とローマン・ゴンザレスの王座統一戦興行権入札取りやめ。……って、あれれ?
 WBAは、統一戦をおこなうようにと両陣営に対して指令を下していたはずなのに。詳しい事情はよくわからないけれども、ぼくの知るかぎりでは、ロマゴンのほうはやる気満々だった気がするのだが。
 井岡陣営が、回避したということなんだろうか。しかしだとしても、指令された試合なのに、そんなのってあり? と正直、違和感を禁じえない。
 延期、ということは将来的には必ず実施されるということなのかもしれない。ただ、ロマゴンは一階級上の統一王者ブライアン・ヴィロリア(フィリピン)を狙ってることだし、そんなこんなで井岡との対決は消滅、ってことになりかねない気も。

 それともうひとつ、WBAがらみの話題をすると、亀田興毅が同級8位のパレホとの防衛戦をおこなうそうで。……って、あれれ?
 たしか、WBAから、同級スーパー王者のアンセルモ・モレノ(パナマ)との統一戦の指令が、かねてより下されていたはずなのに(ウィキペディアにも書いてある)。しかも、どのマスコミの記事でも(すくなくとも、ぼくの知るかぎりでは、だが)その点についてはまったく言及されていない。なんだかおかしいぞ。
犯人のいない殺人の夜 (光文社文庫)犯人のいない殺人の夜 (光文社文庫)
(1994/01)
東野 圭吾

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 本書『犯人のいない殺人の夜』(一九九〇年)は、東野圭吾さんが長篇『放課後』でデビューした年にあたる一九八五年から一九八八年までの最初期に発表された七篇をまとめた短篇集です(再読)。ちなみに、どこかのニュースで知ったのですが、昨年フジテレビ系列で放送された「木曜劇場 東野圭吾ミステリーズ」で本書に収録された作品がいくつか取り上げられていたそうです。もっとも、具体的にどの作品が取り上げられていたのかは、ぼくは視聴していなかったものですから、よくわからないのですが。
 
 それはさておき、本書のレビューですが、作風は、『放課後』や『魔球』(一九八八年)を連想させる学園ものを扱った「小さな故意の物語」、若い夫婦間の確執をえがいたサスペンス「エンドレス・ナイト」、東野さんが大学時代にたしなんでいたというアーチェリーを題材にしたスポーツ・ミステリ「さよならコーチ」など、じつに多岐にわたっています。このことから、今日におけるおおかたの読者にとっては自明であろう東野作品の作風の幅広さは、このころから開花していたといっても過言ではないでしょう。
 
 そのように作風こそ多様である一方で、収録作すべてに共通する意匠もあります。それは、“二段構えの真相”が用意されているところ。
 特筆に値するのは、なんといっても“真の”真相のほう。警察によるひととおりの解決のあとで視点人物と犯人の間のみであたかも“秘めごと”のごとく取り交わされるペーソス漂うものであったり、被害者にゆかりのある視点人物の“心の内奥”を“毒針”でもってピンポイントにつつくようなシニカル極まりないものであったり、“探偵”がその胸に秘めたままにせざるをえない非常にシビアなものであったり……等々。ともかく形こそさまざまながらも、ひねりの利いた意匠が満載(とくに、異色作ともいうべき表題作のたたみかけるような仕掛けが強烈――ただ、ちょっとむりやり感もありますが)。
 
 同時にまた、その多くの真相が、閉じられた空間および対人関係のなかで内密に処理される類型を踏んでいる点で共通しているうえに、後味のよさとは無縁の悲痛な終局を迎えるのは、傍目からはとらえるのが困難な生身の人間が織りなした心の綾模様の複雑さ、ともすれば野次馬連中が訳知り顔で披露しがちな通俗的で皮相的な善悪の二元論ではけっして把握することのできない人間心理の難解さを、作者が強調してえがいているからでしょう。
 いずれにせよ、幅広い作風、不意打ちぎみながらも一筋縄ではいかない仕掛け、奥行きのある苦みの利いた人間ドラマと、東野らしさをたっぷりと味わうことのできる好短篇集だと思います。
彼女は存在しない (幻冬舎文庫)彼女は存在しない (幻冬舎文庫)
(2003/10)
浦賀 和宏

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 恋人の貴治という大学生とのデートのさなか、香奈子は、見知らぬ若い女性からとつぜん、声をかけられた。「あの、失礼ですけど、アヤコさんではないですか?」
 ひと違いと否定しても、なおも同じことを訊ねてくるしつこい、けれども悪気がなく、どこか素朴で憎めない不思議な雰囲気をもつ彼女――由子との出会いが、香奈子の平凡な日常を狂わせ始め……
 そして、事件は起きた。由子を含めた三人で中華街を遊び歩いたその翌朝、貴治の惨殺体が発見されたのだ。死因は刃物による失血死。現場から凶器は見つからなかったが、香奈子は、ひょんなきっかけから、由子が犯人ではないかと疑う。そして彼女は、貴治との共通の友人である小説家「浦田先生」のもとを訪れ、これまでのいきさつを説明したうえで、由子は多重人格者だとうちあけた……。
 いっぽう同じころ――。引きこもりの妹・亜矢子が突如、「由子」と名乗って性格が別人のようになるなど、たび重なる奇行を目撃し、懊悩していた兄の根本は、妹が多重人格者ではないかと疑う。そして、くだんの刺殺事件後、別人格とおぼしき妹から血のついたナイフを渡されたことから、妹が事件に関与していた疑いが強まった。
 真偽をあきらかにするべく一念発起した根本は、恋人の恵を随伴し、見知らぬ若い女性とふたりで行動をともにする妹への尾行を開始した。

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Letter From HomeLetter From Home
(2006/02/06)
Pat Metheny

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 歴史的傑作『スティル・ライフ~トーキング』(一九八七年)につづくゲフィン・レコード時代の第二弾(一九八九年)。
 わりとひさびさにラックから引っぱり出して聴いたが、やはり何度聴いても、すばらしい。この作品と出会ったのは十年ほど前なのだが、いまだにまったく飽きがこない。
 前作と同様、ブラジル音楽からの影響が色濃いさわやかな作品だが、曲のヴァラエティがより増すとともに、遊び心もさらに増し、「自由奔放」、「風光明媚」を連想させるパット・メセニー・グループの面目躍如といえる作品に仕上がっている。本作が最後の参加となったアルゼンチン人マルチ・ミュージシャン、ペドロ・アズナールの美声を前面に押しだした曲がまた、いいアクセントになっているんだよな。おすすめ。


夏の王国で目覚めない (ハヤカワ・ミステリワールド)夏の王国で目覚めない (ハヤカワ・ミステリワールド)
(2011/08/10)
彩坂 美月

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 父が子連れの寡婦(やもめ)と再婚し、新しい家族になじめず、悶々とした日々を送っていた高校生の天野美咲。ある日、美咲は、ひょんなきっかけから、彼女が心酔する覆面ミステリ作家・三島加深のファン・サイトを発見する。加深作品をこよなく愛する同志たちが、同サイトの掲示板を通じて、加深作品についてあれやこれやと熱く語りあう。同じ趣味を共有できる心地よい空間を得たことで、美咲の日常に一筋の、けれども確固とした光明がきざし始めた。しかし。
 そんなある日のこと、くだんのサイトの管理人だという〈ジョーカー〉と名乗る謎の人物から、美咲宛に一通のメールが届いた。その内容は、架空遊戯への招待。
 参加者が、あらかじめ用意された殺人事件の筋書きに従いながら、各自登場人物として推理をはたらかし、褒賞として「名探偵の称号」を得るべく真相解明を競いあうという、巷間で流行っているミステリ・ツアーのたぐいかと思いきや、なんと〈ジョーカー〉が提示した褒賞は、名探偵の称号などではなく、加深の未発表作だった!?
 美咲は、「九条茜」という架空の登場人物として、参加。つどったのは、美咲を含め七人。いずれも加深のサイトの掲示板を利用していた者たちだが、架空遊戯のルール上、参加者全員、実名もハンドル・ネームもあかすことが許されない。さらに携帯電話やパソコンなどの通信機器を持参することも許されず、知人に連絡をとるといった行為もいっさい禁止。
 そうした厳しい制約のなか、流動的に移りゆく舞台を背景に進行していた推理劇の途中で、参加者のひとりが密室状況下にあった電車内の個室から煙のごとく消失する事件が発生。これは虚構のできごとなのか、それとも現実に起きたこと? 依然としてあたえられた役を演じながらも、動揺を隠しきれない参加者たちだったが、やがて殺人事件が発生したことで、事態はいよいよ思いもよらない様相を呈していくのだった。

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KolossKoloss
(2012/03/26)
Meshuggah

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 スウェーデンの変態プログレッシヴ・メタル・バンド、メシューガのもっか新作。ポリリズムの洪水を変幻自在に操った、さきの展開が読めない孤高のプログレッシヴ・サウンドは本作でも健在。ただ、前作『オブゼン』などとくらべると、総じてリズム・パターンがミニマルでプリミティヴというか、初期のころのメシューガのスラッシーな感覚が適度に織り交ぜられているような印象を受けた。いずれにしても構築性が緻密で、しかもド変態で(笑)、中毒性が高く、何度もリピートしたくなる力作だ。

 アマ七冠・井上尚弥(19)のプロ・デビュー三戦めが、フジテレビ系列のゴールデンタイムの全国ネットで生放送されることが決定。
 フジテレビがゴールデンタイムでボクシング中継するのは、「1992年に渡辺雄二がヘナロ・エルナンデス(米国)に挑戦した世界戦以来21年ぶり」なんだそうで。ましてや井上選手の場合はノンタイトル戦なのだから、輪をかけて驚く。
 いっぽう同局は井上選手のほかにも、ロンドン五輪の金メダリスト・村田諒太選手のプロ転向のバックアップも用意しているようで。もし実現したら、これまた楽しみ。そして、非常に気が早い話だけれども、近い将来、プロで相応の経験を積んだ村田選手がセルヒオ・マルティネス(アルゼンチン)ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)といったリアル・チャンピオンと拳を交えたら……なんて想像すると、わくわくするな(とくに好戦的な後者とは噛みあいそう)。
 なにはともあれ、こうしてボクシングに世間の耳目が集まるようになることは願ったり叶ったりなわけだが――それにしても、フジテレビがここまで格闘技に力を入れるのは、K-1以来ではないかな?
「ある夏の日、山荘にて……」という無料ゲームをプレイ。
 画面に表示される文章を読み進めて、その合間あいまに挟まれる選択肢を選びながらストーリーを進行させていくという、あの『かまいたちの夜』を彷彿とさせるサウンド・ノベル形式の推理ゲームだ。
 フリー素材を使って製作したという楽曲やグラフィック、それから、選択肢によるストーリー分岐ひいてはエンディングリスト――といった側面では「かまいたち」の充実ぶりに遠く及ばないものの(でも、それはしかたがないよね)、肝心かなめの謎解き面は本家に勝るとも劣らないできばえ(すくなくとも「かまいたち無印」と「2」よりはパズラーとしてのディテールが充実していて、比較的難易度が高い)で、予想以上にやりごたえがあった。第一の殺人における切断された首の問題の処理が論理的で、伏線もじゅうぶん張りめぐらされているし、また、選択肢によって派生するダミーの推理の練磨にもおさおさ怠りがなく、それ相応の説得力をその部分に投与しているところも、作者の「本格」というジャンルに対するあくなきこだわりがひしひしと感じられて、好印象。おすすめ(無料だしね)。
 ところでこのゲーム、選択肢によっては連続殺人事件に発展するそうだが(お約束、ですね)、ぼくは第一の殺人までしかプレイしていない。というのも、自慢ではないが、第一の殺人が発生した段階で回収した伏線をもとに要諦となる犯行方法と犯人の謎が解けたからだ。
 というわけで、エンディングリストを埋める目的も兼ねて、これから第二の殺人以降の展開を楽しもうと思っている。
謎解きはディナーのあとで 3謎解きはディナーのあとで 3
(2012/12/12)
東川 篤哉

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 立川市で資産家老婦人の変死体が発見された。たいへん奇妙なことに、被害者は子ども用のいすに座らされていた。
 やがて、被害者の唯一の近親者で、甥にあたる男が容疑者として浮上。かつてプロの競輪選手として活躍していたその男のアリバイを調査するため、被害者宅から五キロ離れた国分寺市にある彼の邸宅を訪れた風祭警部と麗子だったが、死亡推定時刻、彼には自宅で客数人と酒盛りをしていたというアリバイが存在した。いや正確にいえば、十五分間の不在こそ確認されたのだが、彼もその妻も車を所有していないばかりか、そもそも免許さえ所有しておらず、したがって事実上、堅固なアリバイが存在することになるのだ。
 そのうえでしいて考えられるアリバイ突破口は、男の所有するロードバイク、なのだが。しかし十五分間で十キロを往復するということは、すなわち時速四十キロで走行しなければいけない勘定であり、元競輪選手でもやはりそれは不可能な所行なのだ……。(第四話「殺人には自転車をご利用ください」)
 この作品の謎解きの主眼といえるアリバイ崩しは東川さんが得意とする分野で、実際これまでにも、同シリーズにかぎらず、さらには長篇・短篇を問わず、多くの作品でその正攻法からの手腕が示されてきました。
 ところが、この作品はいっぷう変わっていて、一見するとなにげない麗子側と容疑者側との会話に潜まされた伏線を足がかりとして、伏在するひとつの決定的な「新事実」を、事物の発見ではなく、あくまでも伏線主導の純粋論理に準拠して引きだすことにより、(以下、ネタあかしにつき反転)アリバイという構成要素そのものを無化する――言い換えれば、アリバイの有無という二元論それ自体をも無意味に還元(ここまで)し、そのうえで推理を再構築し真相を導きだすというアクロバティックな、いうなれば搦(から)め手からの突破口ひいては攻略が鮮やかに決まっているのが興味深いです。

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謎解きはディナーのあとで 3謎解きはディナーのあとで 3
(2012/12/12)
東川 篤哉

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 いわずと知れたベストセラー、お嬢様刑事・宝生麗子と執事・影山が活躍する大人気シリーズ短篇集も、本書で三作め。六篇収録されており(初出は二〇一二年度の「きらら」(小学館)から五篇、そして末尾に収録された作品のみが書き下ろしという構成です)、基本的に、第三話「怪盗からの挑戦状でございます」を例外(その点については後述します)として除けば、これまでのシリーズの系譜を踏んだ内容といえ、「風祭警部と麗子のへっぽこセレブ二人組によるへっぽこ捜査→宝生邸にて、麗子から事件の詳細を聞かされた影山が、必殺の毒舌を麗子にかましつつ、論理的な推理を披露してたちどころに看破」というお約束の展開を本書でも楽しむことができます。
 そのようにシリーズのアウトラインに関しては変化はほとんど見られないのですが、そのかわり、本書の末尾に収録されている「さよならはディナーのあとで」で、同シリーズの一区切りとなる、あるいはもしかしたらシリーズそのものがこれで終わり? と解釈できなくもない衝撃的なエンディングが読者を待っています。
 では以下、各作品について、収録順に言及していくことにしましょう。

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