Author:Kaoru(sophism spewage)

Hobby:読書(主にミステリ小説、精神分析学等思想書の類)、音楽鑑賞、思索、抑圧。
Admonition:「“神はひとりであって、そのほかに神はない”」(エラリイ・クイーン『九尾の猫』(ハヤカワ文庫)より)
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歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』「再」読了
2007.04.13 Fri 14:21
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成瀬将虎は、あるときは警備員、あるときはパソコン教室の講師、ときにはテレビドラマのエキストラ……など、時と場合に応じて複数の職を掛け持つかたわら、プライヴェイトではなまじ女遊びや酒に耽溺する日々といった按配に、概して自分の欲望のおもむくがままに放埓(ほうらつ)な生活を送ることに独自の矜持(きょうじ)を持つ、自称「何でも屋」ならぬ「何でもやってやろう屋」。ただし将虎は、こと男女関係に対しては複雑な心情を抱えていた。おりに触れては、テレクラや出会い系サイトや合コンなどで知りあった見ず知らずの女との愛のないセックスに精を出す将虎だが、その反面、じつは肉体とは無縁のプラトニックな恋愛に憧憬をいだいていた。したがって見ず知らずの女との情事もろもろは、まだ見ぬ純真無垢なる天使ないしは伴侶を捜し求める意味合いもかねてのことだったのだが、しかし無情にも、依然としてそんな女との出会いは皆目ない。――そんなある日のこと。将虎は、ある事情から、弟分の芹澤清とともに知人である久高愛子の自宅へおもむく。そこで将虎は、愛子から、親族が悪徳業者・蓬莱(ほうらい)倶楽部による保険金殺人に見舞われた可能性が高いことを知らされる。ついては、ことの真実を突き止めるために、将虎は愛子から事件の内偵を依頼される。過去に短期ながらも探偵業にたずさわっていた経験があるとはいえ、それが付け焼き刃の域を出ないがために当初こそ渋っていた将虎だったが、紆余曲折を経たあげく、意を決して依頼を受けることに。――その帰り、地下鉄のホームでひとり電車を待っていた将虎は、はからずもホームから線路へ飛び降りた女を目撃する。しかし将虎は間一髪で女を助け出すことに成功し、事態はことなきを得る。――この時点では、線路に飛びこんだお騒がせ女、すなわち麻宮さくらにとりわけ興味はなく、今後二度と会うこともないだろうと決めてかかっていた将虎は、しかしひょんなきっかけから、さくらと交際をはじめることになるのだが…… やもめ暮らしで、かつ年金暮らしを送っている古谷節子は、何でも軽はずみにモノを購入してしまうその軽佻浮薄(けいちょうふはく)な性分が嵩じた結果、悪徳業者・蓬莱倶楽部の餌食となる。その結果気づいたときには多額のローンを抱えていた。もともとモノを買う性分なので貯金などほぼ皆無に等しいのにくわえ、夫の生命保険金もとっくに尽きているため、必然的に借金地獄の泥沼にはまることになった。そんなおりもおり、蓬莱倶楽部の社員からの甘言にうまく乗せられたあげく、節子は悪徳業者の手先となってしまい、それからというもの、嫌々ながらもさまざまな手管を弄して狼藉(ろうぜき)をはたらく毎日を送ることになった…… 成瀬将虎、19歳の夏が終わろうとしていた頃――。探偵小説嗜好もあり、かねてより探偵になるのが夢であった将虎は、高校卒業と同時にとある探偵事務所で働くことになった。とはいえ成人にも満たない青二才が最初から現場に出してもらえるはずもなく、しばらくはアルバイトさながらの単純な事務作業に明け暮れる苦渋と屈辱の毎日だった。しかし、そんなある日のこと、ついに将虎は大仕事を任されることになる。八尋組・若頭補佐の山崎正武というヤクザが事務所を訪れ、同じ組の本間という部下が酸鼻きわまりない惨殺死体で発見されたという。事件前後の関係上から、本間の殺害には戸島会が関与している可能性が高いとのことから、将虎はその内偵を仰せつけられることになったのだが…… 麻宮さくらとの出会いから話はさかのぼること2年前――。当時、高齢者を相手にパソコン教室の講師を務めていた将虎は、教え子にして友人の間柄である「安さん」こと安藤士郎の粋な計らいから、たびたび焼き鳥屋にて相伴にあずかっていた。そんなある日のこと。将虎は、安さんから、ある事情からずいぶん前に生き別れになって以来、一度も会ったことがない愛しき一人娘の消息を探してくれるよう要請を受ける。安さんの切実な願いを痛切に実感した将虎は、快く要請を承諾することになるのだが…… ……うん、本格ミステリ大賞受賞作だけのことはあり、この作品はやっぱり凄い。むろんこの記事のタイトルからもわかるとおり、何しろ今回は再読なので当然ながら本書のネタはあらかじめすべてお見通し、だからあのラストにおけるどんでん返しの衝撃こそ薄れてはいたものの、そのかわり、このトリックを成立させるために、作者がいかにそこに至るまでのプロットのディテールに気を配り、構築していったのかという点にあらためて驚かされることになりました。たとえば一読した時点では「おいおい、こんな描写にここまでこだわる必要があるのかよ」と思っていたもろもろの箇所だって、かえすがえす回顧してみると、じつは本格ミステリとしてのトリックひいてはサプライズを支えるための重要な骨組みの役割を担っていたりする。その怖いくらいの徹底ぶりたるや……、眩暈がしてしまいます。 しかも、一見すると物語の背景が、麻薬にまつわるヤクザ同士の抗争であったり、将虎とさくらのプラトニック・ラヴであったり、ことあるごとに知人などから失われた「何か」を探索してくれるよう依頼される将虎の、「本格」でよく見られる寡黙で天才的な思索型の探偵ではなく、どちらかといえばF・W・クロフツ作品のフレンチ警部のような行動型の探偵を彷彿とさせる活劇調の探偵譚であったり……と、およそ「本格」らしくないガジェットで覆われているのにもかかわらず、それでも展開される極上のサプライズ(なかにはこのプロットのいわくありげな構成からして作者の狙いがおおよその見当がついた(具体的に言うと、(反転)さくらが将虎を暗殺しようとたくらんでいたこと(ここまで))というかたもいらっしゃるでしょうけれど(その程度ならぼくも察しはつきました)、それでもその上をゆくサプライズ(具体的に言うと、(反転)この物語はそもそもが高齢者で織りなされた物語だったこと、また、将虎には安藤士郎というもう一つの顔があったことなど(ここまで))には度肝を抜かされたはず)。その意味では、この作品は、いわゆる「綾辻以前」の「本格」作家といわれる東野圭吾さんや岡嶋二人さん、さらに言うと貫井徳郎さんや乾くるみさん、もっと言うなら初期の辻村深月さんの作風に近いものがあると思います。 いずれにしてもこんなことを成立させられるのは、何と言っても伏線の張りかたとプロットの構成が巧みだからこそですよね。頭が下がります。 ところで、一部で「本書のタイトルと内容に違和感がある」というご指摘があるようですけれど、決してそんなことはないだろうとぼくは思います。なぜならばそれは、(反転)ラストの「約束」という章における将虎の「力説」の意図(ここまで)を読み解きさえすればわかるはずです。 | ||
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