乾くるみ『六つの手掛かり』 c0  t0 乾くるみ 2011/11/06 Sun     

六つの手掛り六つの手掛り
(2009/04/15)
乾 くるみ

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 二〇〇四年一〇月刊行の『リピート』からおよそ四年ものブランクを開けて刊行されたSF「ヘン」格ミステリ『クラリネット症候群』を皮切りに、コンスタントに作品を発表しつづける乾くるみの連作短編集である。
 探偵をつとめるのは、丸顔に丸い身体、鼻の下のちょび髭、黒のスーツに、手にステッキ、さらに頭にはソフト帽――と、さながら太ったチャップリンといった風体が特徴の林茶父(はやし・さぶ)というキャラクターである(なおこの「林」という苗字から、同じく乾による連作短篇集『林真紅郎と五つの謎』(二〇〇三年)の探偵役として登場する林真紅郎を連想する読者もいるだろうが、事実、本書とその作品は「林」つながりで微妙にリンクしている、ほんとに微妙に――ついでに、二〇一〇年に発表された『蒼林堂古書店へようこそ』という連作短篇集とも同様に「林」つながりで微妙にリンクしていることも付言しておく)。実際、その字面からしてあきらかにチャップリンを意識したキャラクターづくりがなされていることは言うまでもないだろう(林茶父の苗字と名前を入れ替えて、茶父林――さぶりん、さらにその読みを変えて――ちゃぶりん、ちゃっぷりん)。いかにもこの作者らしい遊びごころである。
 さらにそうした登場人物の名前をめぐる言葉遊びは、やはり謎解きの部分においても効果的に活かされている。やはり、というのは、本書に限らず乾作品においてはよく見られる傾向だからであり、本書においては収録された六篇中、「五つのプレゼント」と「四枚のカード」と「二枚舌の掛軸」の三篇でそれが確認できる。しかし、たとえば同じく連作短篇集である『カラット探偵事務所の事件簿』(二〇〇八年)や『蒼林堂古書店へようこそ』(二〇一〇年)などと比較すると、言葉遊びの占める比重は相対的に小さめで、従来の乾作品にありがちだったアクの強さが控えめになった印象を受ける。その意味ではリーダビリティが増したとも言え、それゆえ、これまでの乾作品にクロスワードパズルのようなとっつきにくさを感じ敬遠しがちだった読者にもアピールしやすくなった作品とも言えるだろう。
 ではそのぶん「本格」としてもぬるめになったのかと言うと、さにあらず。収録された六篇のタイトルを順に並べると、「六つの玉」「五つのプレゼント」「四枚のカード」「三通の手紙」「二枚舌の掛軸」「一巻の終わり」――となるのだが、各タイトルにまつわる「数」と「物」もしくは「事」が、各篇の謎解きの中枢とそれぞれ呼応する形で密接にかかわり合ったつくりとなっている。これは作者側から見ると、謎づくりをする際のキツイ“縛り”として機能していることを意味するわけだが、乾はその状況を逆手にとってみごと各篇で多彩なアイデアと一筋縄ではいかない謎解きのくふうをインプットすることに成功している。そのなかでも白眉と称すに値するのは、なんといっても本篇中唯一の書下ろしである最終話「一巻の終わり」である(ほかの作品は『小説推理』が初出)。連作ものの短篇ミステリが一つにまとまった際に浮き彫りとなるサプライズ、連作短篇集全体に仕掛けられたトリック、というのは定番といえば定番ではあるのだが――
 まさか、このような“歪”な形でそれが訪れようとは、いったい誰に予想できただろうか。
 はたしてそれは、このシリーズを立ち上げた当初から温めていたアイデアなのか、それとも書いていくうちにふと降りてきたアイデアなのか。判断しづらいところなのだが、どちらにせよその変態的超絶技巧に唸らされること必定。なるほどたしかに、『六つの手掛かり』がそこにはあったのだ。
 このように、『イニシエーション・ラブ』(二〇〇四年)をはじめとして、あの手この手で読者をアッと驚かせてやろうという乾の創作姿勢は本書でも健在なのである。
 ところでこの林茶父というキャラクターの造形がまたすばらしく、元マジシャンという遍歴を活かしたコミカルな立ち居振る舞いと、ブラウン神父さながらのみごとな逆説や盲点をつく論理的推理を開陳するときとのギャップが魅力的で、今後も使い回せそうな感じがする。というか、ぜひシリーズ続篇を期待したいところである。
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かおる(Lunatic)

Author:かおる(Lunatic)
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born: Polska Warszawa

hobby:創作、読書(本格ミステリ、探偵小説、哲学、精神分析、科学全般、刑法、等々)、ミステリ批評、音楽鑑賞(おもにデス・メタル、プログレ、AOR、ジャズ、フュージョン、クラシック、アンビエント)、ボクシング観賞、愛犬もふもふ、伏線回収、抑圧、蛇拳演武。

motto:多くのかたに理解していただけるよう、できるかぎり具体的に、かつ、わかりやすい文章でつづることを心がけています。

self-discipline:「現代人の大半はおかしな矛盾を犯しています――やたらに多くの理論をもっているくせに、実生活において理論が果たしている役割がとんと分からないときている。始終、気質だとか、境遇だとか、偶然だとか、そんなことばかり持ち出しているけれども、実際には、大部分の人間は自分の抱いている理論の権化にすぎないのです。人びとが殺人を犯すのも、結婚するのも、あるいはただぶらぶらするのも、なんらかの人生理論に基づいているのです。」(G.K.チェスタトン『詩人と狂人たち』(創元推理文庫)所収「鱶の影」より)

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